コロナでわかった 日本が法治国家ではないことが。

books 独り言

(自分の子どもに書いています)

2020年の4月に日本では非常事態宣言が出ました。

具体的になにがどう非常事態なのかは私には不明です。

私はいまだに「騒ぎすぎだ」と考えていますが

そのようなことを仕事仲間に話すこともためらわれるくらい、わけがわからない状況です。

 

専門家とやらの意見の一致もなく

常に誰かが誰かを非難している状況は冷静さを欠いています。

 

・ウィルス感染よりも医療現場の崩壊が問題だ

・マスクをしないで外出するな

・全員自分が感染していると思って行動しろ

・非常事態宣言を出すのが遅い

・政府は補償しろ

まあ、みなさん好き勝手言ってますね。

 

本当に日本人らしいと思います。

 

今は亡き、竹内靖雄さんの本から一部抜粋します。

竹内靖雄『日本人の行動文法(ソシオグラマー) 「日本らしさの解体新書」』東洋経済新報社より

《日本人にとっては、自由よりも何よりも、死なないことが第一なのである。

◇「**する自由」を思う存分行使すると、まわりから「自由勝手」、「勝手気まま」、

「わがまま」などと非難される。

◇日本人は「責任を問われることのない幼児の立場にあっての自由」と、

同じく「幼児の立場にあって保護されること」をともに求める傾向がある。

状況が許す間は、幼児的な自由を享受すること、つまり責任を問われることなく

好きなように行動することを望む。

反対に状況が厳しくなった時は、母親と同じ役割をする誰か(たとえば政府)に

保護してもらうことを求める。

日本人はこうして気楽な自由と都合のよい保護とを使い分けることを最上としている。》

《まず状況が変わればそれに合わせて考え方も行動も変わるというのが

日本人のソシオグラマーの大原則である。》

 

どうでしょう?痛快ですね。今の日本の状況を予言しているかのようです。

 

日本人の多くは、中国の武漢でコロナウイルスが流行したとき、対岸の火事として「大したことはない」

と思っていたはずです(私はいまだに大したことはないと思っています)。

それがいつのまにか、「外出するな。特に若者よ(なぜなら自分が感染したくないから)」と若者を非難したり

マスクが感染防止に効力が低い(感染者がするのは有効らしい)にもかかわらず

マスクをしていないと白い目で見られたり

非常事態宣言が出て、東京は人が少なかったけれど、千葉県は人でごった返していたり

政府を批判する一方で、政府の打ち出した要請に従わない人を批判したり

要するに

・自分は感染したくない

・自分は外出したい

・できればお金が欲しい

の3点につきます。

この3点が満たされるためであれば、自分の過去の行いや考えを反省することはなく

マスクをして外出をして、誰かにケチをつけて、お金をもらおうとする、それが日本人です

 

別に、外国人は日本人よりも立派だ、などというつもりもありませんし、実際知りません。

ただ、日本人は昔からなにも変わっていなさそうだと伝えたいだけです。

 

ここでもう一つ考えてもらいたいのが

「この国は法治国家なのか?」ということです。

私は、法治国家が望ましいと思うし、憲法は改正が必要だけれど守るべきかと考えています。

 

憲法には「公共の福祉のためという制限」はあるものの

職業選択の自由もあれば、移動の自由もあるはずです。

それを、易々と飛び越える超法規的措置を連発することを容認するのは、法治国家の否定です。

戦前となにが異なるのでしょうか。

 

ましてや、憲法で定められた手順を踏んで、

われわれが普通選挙により選出した国会議員が

国家予算を決めているにもかかわらず

その国家予算のなかから「営業補償をしろ、税金返せ」と要求することが正しいことでしょうか?

 

もし仮に、国家予算のなかに「緊急事態に備えて毎年10兆円はプールしておく」という決まりがあり

それに応じた税金を国民が負担していたのなら、そこから拠出させるべきでしょうが

国の借金が1,000兆円もあって、税負担だって決して北欧なみというわけでもなく

そういう予算組みをしている国会議員を選んでいるのは私たちであり

その仕事を選んだのも自分だし、すぐ詰まるような資金繰りをしていたのも自分でしょう。

 

私は、自分の状況を、誰かが悪くしたから、補償しろ、とは言いたくありません。

そのような思考をしている限り、己の成長などないからです。

 

自由や憲法というものは、世界的、歴史的にみて、多くの血によって獲得された

(今のところ)守るべき価値観です。

それを、易々と手放して、飛び越えるべきではありません。

「命と、自由と法律どちらが大切なんだ?」と聞かれたら

私一人の命で、将来にわたり子どもたちの自由と、国家の法的手続きが守られるなら

喜んで私の命を捧げますよ。もうじゅうぶん生きました。

選挙権のない子どもたちに罪はありません。

 

コロナウイルスのことも、ダイオキシン・狂牛病・放射線と同じく

喉元すぎれば、誰も話題にしなくなることでしょう。

 

ではまた。

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