プラセンタ?『捨てられるいのち、利用されるいのち』を読んで

独り言

※中絶胎児について書いています。

決して、気分のいいものでありません。

わが子に向けて書いていますので、ご興味のない方は他のページをお読みください。

 

 

ある調べものをしていて、ひょんなことから

中絶胎児の遺骸のゆく末について考える機会がありました。

 

たとえばよく化粧品系の宣伝で聞く

「プラセンタ」

Wikipedia(プラセンタ)の説明はこちら。

プラセンタとは、胎盤から抽出した成分だそうです。

 

人間、牛、豚などの家畜のものが使われているそうです。

なにやら穏やかな話ではありません。

 

ちなみに日本では

胎児を包んでいた膜や胎盤などを

胞衣(えな、ほうい、ほうえ)と言うそうです。

 

出産後に体内から出てくる胞衣は病院からどこへ行くのでしょうか??

 

胞衣はどこへ行く?

東京都には

「胞衣及び産汚物取締条例」という条例が昭和23年4月1日に制定されています。

概観すると

《第一条 この条例で「胞衣」とは、胎盤、さい帯、卵膜及び妊娠四箇月未満の死胎をいい、

「産汚物」とは、羊水その他出産に伴う汚物及びその附着した布、綿、紙、ガーゼ類をいい〜》

と定義がされます。

「胞衣」…胎盤、さい帯、卵膜及び妊娠四箇月未満の死胎

「産汚物」…羊水その他出産に伴う汚物及びその附着した布、綿、紙、ガーゼ類

です。

ここで胞衣には妊娠4ヶ月未満の死胎も含まれることに注目したいと思います。

(死胎という言葉を初めて見ました)

 

第一条の二で

何人も取扱場以外の場所で胞衣及び産汚物を処理してはならない》

と胞衣及び産汚物の処理(処理という言葉が悩ましい)できる者を限定しているようです。

 

第三条では

取扱場は、人家稀疎の地であつて〜》と

東京という過密都市においてなかなか難しい条件をつきつけます。

 

さらに第十五条で

産汚物は、蒸気消毒をしたものでなければ売却、譲渡又は搬出してはならない。》

とあります。

消毒した産汚物であれば売却、譲渡ができるという意味にもとれます。

昭和23年当時において、布やガーゼは再利用する余地があったのでしょう。

 

ともあれ、東京都に限定するならば

胞衣及び産汚物は、許可された業者しか取り扱いができず

病院から業者が回収し、「人家稀疎の地」にある取扱場に搬入されるということです。

 

私の拙い調べによると

東京都で胞衣等の処理の許可を受けている業者は片手の数もありません。

取扱場のある現地(2つの業者の取扱場が近接)にも行きましたが

確かに、23区にもかかわらず人家稀疎の地」にありました。

 

わたしは不動産を仕事にしているため

東京の地理には詳しいつもりでいましたが、知りませんでした。

 

東京都の胞衣条例は少数派

人口1,000万人超の東京という大都市において

取扱場が数軒しかないというのは少ないのでしょうか。

 

気になるのはこの東京都のような通称「胞衣条例」のようなものが

全国的には少数派であることです。

 

都道府県単位の条例がなくても

市町村単位でルールを定めているところもある一方で

市町村単位でのルールさえない県もあるようです。

 

胞衣及び産汚物の取り扱いのルールのない市町村ではどのようにしているのでしょうか?

感染性の廃棄物として(つまりゴミとして)処分されているようです。

 

参考:23区の年間死者数と火葬場数

東京23区の年間死者数は

平成30年で80,091人でした。

東京23区内には全部で9か所の火葬場があります。

公営の火葬場は臨海斎場と瑞江葬儀所の2カ所です。

それ以外の7か所は民営の火葬場になります。

大半が民営火葬場である23区に特異なこの事実は興味深くもあります。

 

ちなみに東京都の市部の年間死者数は

37,847人

火葬場は公営が8か所、民営が1か所です。

 

参考:死産数・人工中絶数

平成25年度の東京都での人口中絶数は26,068人でした。

同じ年度の妊娠届出数が124,264人

平成30年の出生数は109,361人

ですから、およそ4〜5人にひとりの割合で人工中絶が選択されているようです。

 

東京都での年間死産数は2,775人

全国の人口中絶数は平成29年度で164,621人でした。

 

胞衣条例における死胎は妊娠初期

東京都の胞衣条例において「妊娠四箇月未満の死胎」とありましまた。

日本の法律では

人工中絶は妊娠22週未満(21週6日)までできることになっています。

妊娠4ヶ月は週数にすると15週くらいで、妊娠初期に該当します。

 

つまり、妊娠16週〜21週6日までの死胎は胞衣条例の範囲外になります。

 

人工中絶の是非は分からない

わたしはここで、人工中絶の是非には触れません。

宗教的理由から

避妊すら神の意思に背く行為と考える人もいるでしょうし

いかなる理由があれ中絶を悪視する考えもあります。

 

ただ、女性にとって

人工中絶は精神的および肉体的な苦しみを伴う決断であって

その裏にある男性の責任を棚上げして

一方的に女性や中絶を非難することは

できないでしょう。

 

『捨てられるいのち、利用されるいのち』

すごい本を読みました。

玉井真理子・平塚志保編

『捨てられるいのち、利用されるいのち 胎児組織の研究利用と生命倫理』生活書院

です。希少価値が高いようです。

 

胞衣について書かれた本を探しましたが、なかなか見つからず

あらためて「胞衣及び産汚物の処理」というテーマ?が

われわれの見えずらいところにあるのだと思いました。

 

本をさがすなかで、唯一見つけたのがこの本です。類書はないと思います。

『捨てられるいのち、利用されるいのち 胎児組織の研究利用と生命倫理』

のタイトルが衝撃的です。

胎児組織は研究に利用されているということが前提なのですから。

(ちなみに、本書の冒頭でも取り上げられていますが

2005年4月9日にNHKスペシャルで

「中絶胎児利用の衝撃」という番組が放映されたそうです。)

 

死亡した胎児の細胞や組織、臓器など(胎児組織)を研究や治療に用いたのは

1928年のイタリアが初めての報告例としてあり

現代ではパーキンソン病患者への細胞移植をはじめ、多数の研究がなされているようです。

また、胎児組織の供給源は人工妊娠中絶による胎児である点に留意です

(死産や流産などの胎児は安全性の観点から選択されないそうです)、

 

変容する胎児の尊厳

本書によれば、歴史的、世界的にみて

胎児にいわゆる人権があったわけではなく

中絶や間引きといった行為は罪悪感なく行なわれていたそうです。

 

とはいえ、中絶した胎児が人の形をしていたかどうか否か

つまり妊娠中期以降か初期かによって、遺骸の葬られ方に差異はあり

まだ人の形をしていない胎児を中絶することに

罪の意識はなかったそうです。

 

逆に、超音波診断で胚の段階から成長を確認できる現代だからこそ

胎児を一人の人間とみなす意識が強くなっている面があるでしょう。

(現代の価値観で、過去の価値観を裁くのは愚かなことです)

 

複雑な問題

胎児組織の利用について考えるとき

取りうる立場は複数あります。

大きな前提として、身ごもっていた女性による胎児組織の利用許可があるとします。

 

1 中絶を認める

2 中絶を認めない

1−1 中絶を認めるなら(胎児は誰のものでもないので) 胎児組織の利用(有効活用)も認める

2ー1 中絶を認めないし 胎児組織の利用も認めない

2−2 中絶を認めないが (一定の条件のもと)胎児組織の利用(の有用性)は認める

 

3 胎児は人間(保護すべき人格はない)でない

4 胎児は人間(保護すべき人格を有する)ある

3ー1 胎児(死胎)は人間ではないから、胎児組織の利用は認められ、広く社会に役に立つべき

4−1 胎児は人間であるから、胎児組織の利用は認められない(たとえ女性の許可があっても)

4−2 胎児は人間であるが、胎児組織の利用は認められうる

などです。

 

現代の日本において

3の「胎児は人間ではない」を支持する人は少数でしょう。

胎児は人間だが、死んだ瞬間に人間でなくなるというのも無理がありあそうです。

(しかし、4ヶ月未満の死胎に火葬の義務がないということは

日本国民の宗教的感情が葬祭の対象としていないことの現れかもしれないこと

胞衣または感染性廃棄物の扱いであるという事実は認識しておきたいところです)

 

ここで、胎児(受精した時点で)に最大限の尊厳を付与したとして

胎児に意思決定ができない以上(われわれの臓器提供意思カードとは違うので)

胎児の組織利用の同意を

胎児の死を決定した当事者(女性)がするのが適切なのか?

という大前提を揺るがす疑問は残ったままです。

 

最後に

年間で16万人の日本の人工中絶数が多いのか少ないのか、判断ができません。

50万人だったら多くて、日本人は異常と判断すべきなのか

5万人だったら少なくて、日本人は生命倫理が高いと言えるのか

そういう問題でもないでしょう。

中絶否定派からすれば1人でも許せないはずですし

女性の自己決定権重視派からすれば何人であろうと関係がない。

 

わたしは中絶否定派でもなければ肯定派でもない

というか

男が判断することなどない気もします。

 

わたしが子どもに伝えたいのは

まずは

・胎児組織の利用がなされている現実があることを知ること

・4ヶ月未満の死胎の遺骸の取り扱われかたがモノと同様である事実を知ること

そして

将来に授かった生命が、万が一、4ヶ月未満で胎児の生命が途絶えてしまったとしたら

病院まかせにせず

よくよく考えて適切な葬りかたをしたらいいのではないだろうか

ということくらいです。

 

胎児の遺骸の葬られかたというテーマが

これまでも、これからも日本で議論が深まるとは思いません。

仮に深めようと思っても、ご覧のとおり、一つの答えなどでません。

 

しいて言えば、胎児組織の利用の是非はおくとして

4ヶ月未満の死胎について

全国一律の、廃棄物でない取扱い、葬送方法が定められていいのではないか

とだけは思います。

 

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