選挙には行きません 稼ぐことに忙しくしてるほうが全体の利益かも

先日、東京都知事選がひっそりと行われましたね。

 

わたしは「どうせ小池再選なのだから」と

長男に「選挙広報を読め。お前の推しに父の一票を投じよう」

と促したにもかかわらず

選挙当日「誰に入れたい?」と問えば

「こいけ??」

「なぜ?」

「だって小池さんが当選するって言ってたじゃん」

と要領を得ないやりとりのすえに

わたしは投票所まで行って、棄権しました。

 

今回の都知事の投票率は55%だったそうです。

選挙になると必ず

「投票に行かなかった人間は、現政権の政策に文句を言うなよ」

と言いだす人たちがいます。

小学生に「せんきょにいこう」とポスターを書かせたり

選挙に行かないだけで責められている気分になります。

 

なぜかよくわかりませんが

一部の「意識高いらしい」芸人や小泉K子さんやロックアーティストも

「選挙に行こう」と呼びかけ

小池氏当選のあとに、揃いも揃って

「がっかりした」

「みんな選挙に行こうよ」

「考えてる私の一票と考えてない人の一票が同じなのは納得いかない」

みたいなことを言っている記事を見ました。

 

だまらっしゃい!!と小声で言っておきます。

 

「社会」を良くしたいと思うのなら、まず自分が立候補すればいい。

自分は立候補せず、

一票を持っているだけなのに

他者の一票の行使に口出しする権利が自分にはあるという思いあがりは

それこそ鼻持ちならない選民思想から来ているのではないでしょうか??

 

わたしは投票率が50%を割れば

選挙は無効とし、全立候補者を入れ替える、くらいの制度であれば

選挙に行くでしょう。

 

けれど、そのようなルールを立法する議員などいるはずもなく

多数派にもなりえません。

でもわざわざ嘆く必要もないでしょう。

 

民主主義とは放っておけば、保守的な体制を維持する仕組みです。

民主主義とは、いかがわしいものであった」という言葉に

5分くらい思いを馳せてもいいと思います。

 

カイロ大学を出たらしいけれど、

アラビア語を解さないらしい人が歴代2位の得票数で再選する。

それが民主主義における投票システムです。

 

血の流れるような、革命、クーデターの手法を

感覚的に許容しない日本人は

「民主主義」がベストがどうからわからないけれど

セカンドベスト、ベターなものとして受け入れています。

 

民主主義はマスを相手にする以上、ポピュリズム、衆愚政治にならざるを得ません。

(「民」の字が目をつぶされた奴隷の意味であることからすれば当然です。)

 

ヒトラーが民主主義的な手続きのもとに誕生したことを忘れてはいけません、

というのは実に陳腐ですね。

 

民主主義の外形をまといながら

革命的な目的を達成しようとする人々を、わたしは信用しません。

 

少なくとも日本の政治家は常に政治改革を標榜しながら

改革の名に値する何も改革してきませんでした。これからも改革などないでしょう。

根っからの男根主義者が女性の権利保護を唱える馬鹿馬鹿しさに似て

保守である与党が「改革」を口にしてきたことに説得力もなければ実績もありません。

 

ここまでくると、政治家が無能なのではなく(無能かもしれない)

制度自体を疑ったほうがいいのでないでしょうか。

とは言っても

超高齢化社会の若者よりも高齢者の方がマスな日本において

抜本的改革など絶望的です。

 

最後に

わたしは日本の民主主義に絶望などしていないし、改革も望まないし

期待もしていません。期待するから絶望もあるのでしょう。

 

このブログにおいて散々書いてきているとおり

人間はたいした生き物じゃないのだから

自分やまわりの大切な人が健やかに過ごせるように集中して生きればいい。

「給付金の10万円がまだ払い込まれない」と騒ぐ前に

10万円を稼ぐ方法を真剣に考えたほうがいいでしょう。

そんなに日本が嫌なら、海外で生きられる力を磨くのもありです。

 

船が沈むことと、わたしたちが泳いで生き残ることは別

という日垣隆さんの言葉は、何度でも銘記しておきたいと思います。

 

ではまた。

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